皿屋敷の街周辺に、奇妙な光景が広がっていた。街の路地のあちこちに、青いフードをすっぽりとかぶった小男たちが(頭の先からつま先まで青いローブに覆われているため、彼らの本来の性別はわからないが、ここでは便宜的に小男と表現しておこう)徘徊し、何やらチラシを道行く人々に配っている。
 学校帰りのもその小男達と出くわした。

 …こいつら、人間じゃないわ。

 類稀なる精霊使い(エレメンタラー)の素質を持つは、彼らの姿を一目見るなり、そう判断した。小男達の身長は高くても120センチほど。子供の背丈くらいしかない。しかし、に彼らが人あらざる者であると判断させた要因は、身長とは別のところにあった。

 彼らからは妖怪特有の気、妖気は感じられなかったので、妖怪ではないことは明らかだ。だが、どうにも彼らの纏っている雰囲気が作り物めいていてぎこちない。生きている木偶人形、とでも言ったらいいのだろうか?魂と体の質が合っていない、とは感じていた。誰かに強制的にこの小男の肉体に魂を閉じ込められて、動かされている、と。

 の前に、一人の小男がやって来た。他の者と同じようにすっぽりと青いローブを被ってはいたが、その小男は左足を少し引きずっていた。は警戒しながら、磨かれた赤瑪瑙のような美しい瞳を小男に向けた。

 小男はおもむろに、にもチラシを差し出した。

「……。」

小男がチラシを自分に差し出したまま、動かないのを見たは、これは自分にチラシを受け取れというサインだろうと思い、仕方なくそれを受け取った。

チラシの表面にはこう書かれていた。

シルク・ド・フリーク

一週間の限定公演!!

演目

狼人間ウルフマン
蛇少年スネークボーイ
肋骨男アレクサンダー・リブス
ひげ女トラスカ
再生人間コーマック・リムズ
ラーテン・クレプスリーと曲芸蜘蛛マダム・オクタ

臆病なお客様お断り!
入場につき、一部条件あり!


「これは…フリーク・ショー!異形の者達を見世物にするショーだわ…!」

 チラシの文面を見たは、思わず忌々しげにそう呟いた。
 
はこれまで、霊界の依頼で普通の人間がけして知ることはできぬ、闇の世界を戦い、渡り歩いてきた。邪悪な妖怪とも数多く戦ってきたが、時にはそれにも増しておぞましい人間の業も見てきた。妖怪を自らの玩具や奴隷、慰み者としてさんざん弄んだ挙句、殺害する良心の欠片もない人間…。最近の例では、の最愛の人蔵馬を暗黒武術会へと招いたブラック・ブラック・クラブの人間たちが挙げられる。このチラシのサーカスも、そのような人間が主催しているとしたら、としては黙ってはいられない。弱き者が強き者に好き勝手蹂躙されていいという法はないのだ。

「ねえ、ちょっと、あなた…。」

自分にチラシを渡した小男に、は質問しようとしたが、小男はすでに左足を引きずりながら彼女から遠ざかり、次の人間にチラシを配っていた。
少なくとも小男たちからは、人間に対する悪意は感じられない。この人目に付く路地で、の能力を使って小男たちに無理やりショーについて口を割らせるというバカな真似もできないだろう。ショーの実態を知るためには、まずは実際に見にいくしかない、とは考え、チケットについて書かれた部分に目を通した。

その日の夜。辺りが闇にすっかり包まれた時間帯に、は蔵馬と共に、チラシに書かれていたチケット売り場へと急いだ。チケットをお求めの際には、チラシを忘れずに、という記述があったために、の手にはしっかりとチラシが握られている。
「もし…このサーカスが私の思っていた通り、汚いものだったとしたら、主催者をシメてやらなきゃね。」

好戦的な笑顔でそう呟くを蔵馬はふう、とため息をつきながら、ややもすると呆れているような微笑で見つめた。

は相変わらず正義感が強いんだね。」
「蔵馬は平気なの?あなたと同じ妖怪が見世物にされてても?」
自分よりも背が高い蔵馬をしっかりと見上げて、は聞いた。の瞳には、非道を許さない、という強い意志が見て取れた。蔵馬がに惹かれたのはこの美しくも強い瞳にある。
「全然平気、とは言えませんね。やっぱり。」
すっと蔵馬の目が細められた。かつては魔界で冷酷非道な妖怪盗賊・妖狐蔵馬として名を馳せていた彼も、人間界で暮らす内に、他者の痛みを分かち合うという情を、母の志保里、そしてから教えられた。自分の邪欲を満たすために他者を平気で犠牲にできる者を見ると、やはりいい気はしない。

そうこうしているうちに、チケット売り場が見えて来た。売り場は繁華街から少し外れた寂れた路地に立てられた、急ごしらえの小さな小屋だった。そこに、が昼間見た(と言っても、同一人物かどうかはわからないが)青いローブの小男がいた。
はチラシを小屋の中にいる小男に見せながら、
「チケットを2枚頂戴。一枚2700円だったわね。」
と言った。
蔵馬は財布を取り出し、中からチケット2枚分の代金5400円を取り出し、青いローブの小男に渡した。
小男はからチラシを無愛想にむしり取り、そして蔵馬が出した金を勘定し、間違いないとわかると、無言で、すっと2枚のチケットを売り場テーブルに滑らせるようにして出した。
それきり小男は、と蔵馬と目も合わせようとはしなかった。
「…チケット、どうもありがとうございます。」
蔵馬は売り場テーブルのチケットを受け取り、
、行こう。」
と路地を引き返し始めた。

シルク・ド・フリークの講演期間はわずか来週の月曜日から一週間。今日は一週間の終わりの土曜日だから、最初の公演は明後日ということになる。
「最初の公演は月曜日の夜11時からだから…蔵馬、何時に待ち合わせする?」
チケットに記載された公演時間と場所を見ながら尋ねたに対し、
「迎えに行きますよ。を一人きりで夜道を歩かせたり、待たせたりできるわけないでしょう?」
に顔を近づけ、にっこりと笑いながら蔵馬は言う。もくすっと笑う。
「あら、ありがとう。それじゃ、家で待ってるから、ちゃんと会場までエスコートしてね?」
「ええ。俺の大事なお姫様。」
蔵馬は胸に手を当て、まるで騎士が主人たる姫君にそうするように、恭しくに大して頭を垂れた。